【医学部合格体験記】高3春E判定からの逆転劇。英語偏差値76まで伸ばし、帝京大学医学部へ現役合格!

江戸川区の一之江・船堀・瑞江エリアで、難関大学・医学部をはじめ大学受験の指導を行う東都ゼミナールです。 今回は、高3の4月に入塾し、わずか半年強で劇的な成長を遂げ、見事「帝京大学 医学部」への現役合格を勝ち取った開智日本橋学園高校の生徒の事例をご紹介します。

決して成績が悪かったわけではありませんが、医学部合格には届かないE判定からのスタート。 そこから彼がいかにして「勝てる戦略」を確立し、8ヶ月で合格を掴み取ったのか。その全記録を公開します。


目次

【春:3月〜4月】 スタートラインと「誤った合理性」

入塾時の成績:医学部E判定からのスタート

彼との出会いは、高3になる直前の3月下旬でした。 歯科医のご家庭に育ち、「絶対に現役で医者になりたい」という強い決意を持っていましたが、当時の成績は医学部を目指すには厳しいものでした。

【入塾時の成績状況】

  • 数学: 数Ⅲは既習だが、新課程「数C」は手付かず。
  • 化学: 偏差値40台。医学部合格ラインには程遠い。
  • 英語: 英検準1級を持つが、模試での得点は安定しない。

最大の弱点は「最低ラインをゴールにする合理性」

指導を始めてすぐに、彼の学習特性が明らかになりました。 彼は決して不真面目ではありません。しかし、学習に対する姿勢に致命的な癖がありました。 それは、「最低ラインさえ取れればいい」という誤った合理性です。

たとえば、英単語テストの合格点を「8割」と伝えると、彼はきっちり「8割」の仕上がりで持ってきます。彼の中では「8割で合格=それ以上の勉強は非効率(無駄)」という解釈でした。 しかし、受験における基礎知識は10割を目指して初めて定着するものです。8割をゴールにすれば、本番ではボロボロとこぼれ落ちます。

また、各科目においても「点数が伸び悩む原因」が明確にありました。

  • 数学(作業の雑さ): 「分かっているから」と途中式を端折るため、思考の検証ができず、単純な計算ミスを頻発する。
  • 英語(技術の欠如): 英検準1級を持っていたため「感覚」で読むことには長けていましたが、医学部入試で求められる**「文構造を論理的に解析する技術と知識」**を、シンプルに持っていませんでした。「読めるつもり」になっていただけで、複雑な構造の英文には対応できない状態でした。
  • 化学(嗜好による学習の放棄): 「好きな科目はやるが、嫌いな科目はやらない」という極端な選り好みをしていました。生物や数学には時間を割く一方で、苦手意識のある化学は**「好きではない(やりたくない)」という感情的な理由だけで学習そのものを放棄**しており、医学部受験生としては致命的な遅れをとっていました。

「合理性の解釈を間違えていること」「感覚頼りで技術がないこと」そして「嫌いなことから逃げる甘さ」。 これが、春の時点で外部から見て取れた彼の本当の課題でした。

【初夏:5月〜6月】 徹底管理の開始

「賢いけど勝てない」を防ぐための管理

彼のようなタイプは、放っておくと自分流の手抜き(誤った効率化)で済ませてしまい、早々に成績が頭打ちになります。そこで、入塾直後から徐々に管理体制を強めていきました。

  1. 基準の引き上げ
    「8割は最低ライン。暗記の基本は満点」という意識改革を徹底。
  2. 数学の戦略的転換
    予備校でやっていた深追い(特定分野の難問対策)をストップ。 受験において最もリスクが高いのは苦手分野があることです。特定分野を突き詰めるよりも、まずは全範囲の標準問題を網羅し、穴をなくすことの方が、合格確率を高める上では圧倒的に合理的です。この「医学部必勝のセオリー」に基づき、基礎の徹底網羅へ舵を切りました。
  3. 化学の強制確保
    苦手意識から逃げがちだった化学の学習時間を強制的に確保。
  4. 英語の技術指導
    感覚読みからの脱却。「なんとなく」ではなく、文法知識に基づいて論理的に読むための技術を一から指導。

推薦入試に対する「温度差」

夏前の面談で、学校側から「愛知医科大学」「東海大学」「帝京大学」の推薦入試が提案されました。
これに対し、塾としての本音は「推薦入試は受けるべきではない」というスタンスでした。
理由は、ラスト1年しかない貴重な時間を、推薦独自の対策(面接や小論文、特殊な出題形式)に奪われることで、本命である一般入試の対策が手薄になるリスクがあるからです。

しかし、当時はまだ成績が上がりきっておらず、E判定の段階でした。「個別入試一本で絶対に受かるから、推薦は捨てろ」と強く言い切れるだけの強力な成績的根拠が、その時点では不足していました。

そのため、本人の「チャンスを増やしたい」という意向を無下に止めることもできませんでした。

そこで、「もし受けるのであれば」という条件付きで、消去法による選定が行われました。

  • 東海大学: 「他大学との併願可」は魅力的だが、「1次:面接、2次:共通テスト」という負担が重すぎるため却下。
  • 愛知医科大学: 通学圏外のため除外。

結果として残ったのが「帝京大学」でした。
帝京大学の推薦入試は学科試験のみで合否が決まるため、一般入試の勉強をそのまま活かせます。

「積極的に推奨はしないが、対策が分散して共倒れになるリスクが高い他大学に比べれば、学習計画を一本化できる帝京なら、まだ許容範囲である」という判断の下、帝京大学への出願が決まりました。


【夏:7月〜8月】 実力の開花と「答え合わせ」

急上昇する成績データ

夏休みの徹底的な学習を経て、成績は一気に跳ね上がりました。

【夏の成績推移】

  • 英語: 偏差値54.6 → 69.5(河合 全統記述)
  • 生物: 偏差値54.5 → 68.9(河合 全統記述)
  • 化学: 偏差値45.4 → 61.9(河合 全統記述)
  • 数学: 偏差値49.4 → 62.1(数学Ⅲ・河合)

苦手だった化学・数学が「戦えるレベル」になり、得意の英語・生物は「大きな得点源」へと成長しました。

「これだけできる子がなぜ?」再浮上した敗因への疑問

成績が予想通りに伸びていく姿を見て、指導担当者の中に一つの「疑念」が浮かび上がりました。 「これだけ力があり、順当に伸びる子が、なぜ中学受験ではあれほど負けたのか?」

市川中(第一志望)が厳しかったとしても、本郷や成城には十分合格できるポテンシャルがあったはずです。もし、当時の不合格の原因が、学力以外の本番に弱い、極度のあがり症などがあるとすれば、今回も同じ失敗をする可能性があります。 同じ轍を踏まないよう、原因を特定するために本人へのヒアリングを行いました。

判明した真相と、勝利への確信

そこで、これまではお母様から伺っていた当時の状況を、初めて本人に直接聞いてみることにしました。 すると、返ってきた言葉は非常にシンプルなものでした。

「過去問で合格最低点を超えたことは一度もなかったです」 「この成績で受かるわけないよな、と思いながら受けていました」

当時の彼は、そもそも合格できる学力層にいなかったのです。 お母様は「期待」を含めて受験プランを見ていましたが、本人は「現実」を冷静に予感していたのです。

この瞬間、彼という人間が浮き彫りになりました。 「どう考えても素材はいい。だけど、それを磨く努力を自分ひとりではしない」 「典型的な『筋だけ良くて勝てない』タイプ」

彼が過去に負けたのは、得体の知れないメンタルの問題でも不運でもなく、自分勝手な合理性で努力を省略した、単なる実力不足が原因でした。

しかし、これは安心材料でした。
原因が実力不足なら、実力さえつければ勝てます。「徹底的に管理して正しく磨きさえすれば、この素材は必ず光る」 そう確信できた瞬間でした。


【秋:9月〜10月】 慢心への対策と「プランB」

さらなる飛躍と「慢心」の行動

秋になると、成績はさらに伸び、医学部模試で偏差値70オーバーを記録するまでになりました。

【秋の最高到達点】

  • 英語: 偏差値 76.0(東進 医学部模試)
  • 生物: 偏差値 72.8(東進 医学部模試)
  • 化学: 偏差値 55.6(難関・駿台全国模試)

順天堂大学(A判定)も見えてきましたが、ここで素直な彼特有の慢心が、目に見える行動として表れ始めました。

  • 塾に来る時間がいつもより遅くなる
  • 自習室での勉強時間が明らかに減る

「もう受かるんじゃないか?」という油断です。過去の経験上、この時期の油断こそが最大の敵です。 すぐにお母様と状況を共有して、家での空気感がそのまま本人の空気感になるから、絶対に緩めないでください。合格するまでは何も状況は変わっていないという認識を全員で持ってくださいとお願いしました。

医学部合格への見通しと「プランB」

10月の段階で、「どのランクの大学になるかは分からないが、医学部のどこかには引っかかるだろう」という見通しが立っていました。

しかし、お母様の中学受験のトラウマは消えていませんでした。 そこで、ほぼ確実な見通しを持ちつつも、お母様の安心材料として、そして万が一のリスクヘッジとして「プランB」を用意しました。

  • 医学部対策に100%集中する(対策はブラさない)。
  • その代わり、日大(理工・歯)に「共通テスト利用」等で出願し、滑り止めを確保する。

これにより、盤石の体制で直前期を迎えることができました。


【晩秋:11月〜12月】 必然の合格

帝京大学への出願

11月。実力的には一般入試でも十分に戦える状態でしたが、「早く決めたい」という本人の希望と、夏からの戦略通り、帝京大学医学部への推薦出願を行いました。

12月1日、合格発表

迎えた帝京大学医学部の推薦入試。面接対策に思ったよりも時間を使いましたが、学力的には100%の自信をもって送り出せました。

結果は、「合格」

「E判定からのスタート」「作業の雑さ」「自分への甘さと慢心」。 これら全ての課題を、正しい戦略と徹底的な管理で乗り越えた、必然の勝利でした。


江戸川区で医学部を目指す受験生へ。

医学部受験は、才能だけで勝てるほど甘くありませんが、正しい戦略があれば必ず道は開けます。 「今の成績では厳しいかもしれない」 そう諦める前に、一度東都ゼミナールにご相談ください。あなただけの「勝てるルート」を一緒に作りましょう。

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